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■第1回 三笠ビル商店街

横須賀中央は、その名の通り横須賀市の中心にあり、市役所などの行政機関も集中している。
京浜急行線の横須賀中央駅で東京まで1時間程度でアクセス出来ることなどや、
最近では駅前と言える立地に大型マンションが建つ事などから、ベッドタウンとしての顔も持つ横須賀。
それでもやはり地元の人間にとっては、横須賀中央はお店のあふれる下町だ。

横須賀の歴史の大きなひとつとして「三浦一族」「鎌倉時代の要所」が挙げられる。
横浜横須賀道路の佐原インターがある佐原は、佐原十郎義連。
大多和は大多和義久。長井は長井一族が所領としていた以前からの名残。
その他にも三浦一族の武将が地名に残る場所は市内に多い。

もう一つの大きな歴史的一面としては「軍港」が挙げられると思う。
明治時代に横須賀鎮守府が置かれ、横須賀海軍造船所や横須賀海軍病院が
加えられた事から、東京湾の守り、ひいては首都東京・皇居の守りとして
近代日本史の舞台に立つ。
横須賀海軍工廠では太平洋戦争の多数の軍艦の中でも記者が好きな空母「翔鶴」「飛龍」
が生まれている。戦艦大和と兄弟と言える、艦の基礎的部分を大和と同一とする
空母信濃も横須賀生まれだ。

次に横須賀が近代的な都市として今日までの発展を遂げたことを語るときに
大正12年に発生した「関東大震災」は避けて語れない。
大震災による被害からの復興を経て、区画整理・道路改良を行い
街づくりを整備したことから、一新された横須賀の街並みは当時として非常にモダンな街となった。

軍港横須賀を語るときには「戦艦三笠」が有名。
今も三笠公園に記念艦としてその威風を残し、観光スポットとなっている。

先に記載した震災により被害〜復興を遂げた横須賀中央のその通りには「三笠通り」と名付けられた。
もちろん日本海海戦のバルチック艦隊を破る殊勲を挙げた「戦艦三笠」に由来する。
そして、その通りに沿うように三笠通商栄会が生まれ、昭和34年に全国に先駆け
共同ビル化され、現在の「三笠ビル商店街」が生まれた。

現在の三笠ビル商店街は各種専門店が軒を並べ、その専門性の高さから
地元のお買い物スポットとして便利に利用されている。
生鮮食品店・ファッション店・刃物店・電気店・美容室・靴店・鞄店・花屋・薬局・
宝石店・時計修理店・お食事処など多岐にわたる店種で70店舗を擁し、
地域のコミュニティFM「FMブルー湘南」のスタジオもこの商店街の中にある。
大正時代からの歴史を持つ老舗もあり、それらは横須賀の方なら1度は前を通った事があるだろう。
記者自身、入った事のないお店があったのだが、気になったら入ってみて欲しい。
飾らない笑顔で気さくに迎えてくれる、まさに下町の暖かさの残る商店街だ。

共同ビル化の恩恵は、雨が降ってもお買い物が傘をささずに出来ることにもつながり
上記、専門性・多種性から便利さに拍車をかけている。

戦艦三笠が記念艦として鎮座する三笠公園に向かう際にもアクセスの良い商店街。
お買い物〜観光までがこの商店街を一貫しているように記者は感じている。

そして記者として個人的には、これからもずっとこの商店街が地元に愛される事を切念する。
何故ならば、横須賀育ちの記者にとって幼少期、両親にこの商店街に連れて行ってもらうのは
子供心に「大イベント」だったのだから。

※2017年9月19日 記者記事

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